皿洗いはつづく

大学生が日々のあれこれを綴る一発書きブログ

20歳の今、思っていること

四月も、もう半ばに差し掛かろうというのに、今日は月の下で雪が舞っている。

 

最近慣れない早起きやら調べものやら、新しいことの連続で疲れがたまっていたのだろう。

少し昼寝しようと思って布団に潜ったはずなのだが、いつの間にやら夜中になっていた。

 

冷蔵庫の中には葉っぱしかないし、いつもの24時間営業のとこに夕食と朝ごはんを買いに行こう。そう思って家を出たらこの悪天候である。

 

気温も5度を切っていたので、タンスの奥から先月にしまった冬コートを引っ張り出す。

買った当初は着心地の悪かったコートも、この冬を越してだいぶ馴染んだ気がする。

雪の街をひたすら歩いていた冬を思い出して、数か月前のことながらなんだか懐かしくなった。

たぶん今年に入ってからの、怒涛の三ヶ月のおかげで遠く感じるのだろう。

 

怒涛の三ヶ月と言っても、大半は体調を崩して苦しんでいただけではあるのだけれど。

でもそれなりに出会いもあったし、何より嫌ってほど自分と向き合えた時間だったと思う。

声が出ない中、咳が止まらない中ひたすら自分の思考と戦った。

おまけに人生初のインフルとも戦った。液体やジェル状のものをひたすら流し込み耐え続けた。

今までもそれなりに苦しいことはあったし、今回も死ぬほどつらかった訳ではなかった。

それでも、今までとは感じたものが異なっていた気もする。

20歳(大人)になったこと、仕事について人生について本格的に向き合わなくてはいけないこと、自分らしくありたいのに人のことが気になって仕方がないこと。

何が要因なのかはわからなかったけど、ここで何かしないとこのままなんとなく生きて死ぬんだと感じた。

やっと”自分”もいつか死ぬんだと本当の意味で実感した気がする。

 

このままやりたいのかわからないことを続けて行っていいのだろうか、何のために勉強しているのだろうか、本当は何がしたいのか。

その日から、自分にひたすら問いかけた。

答えなんてすぐには出ないだろうと思っていたけど、案外ほとんどの問いに答えられる。

 

必ず終わりは来るのだ、そう思ったらもうなりふり構っていられない。

本当に自分のしたいことをしていたら、周りを気にしてなんかいられない。

成功や失敗を、やりもしないうちから気にするのはばかばかしい。

いつかに読んだ自己啓発本に載っていた言葉たちの本当の意味が、今なら少し理解できる気がする。

 

 

周りからしたら、今の僕は焦って苦しんでいるようにみえるのだろうか。

確かに今までよりも遥かに苦しんでいるし、周りと違うことをするのが不安で焦っている。

でもそれ以上に楽しい、今生きているのが楽しい。だからたぶん間違っていないんだろう。

間違っていたとしても、人生の中で修正きかないほどのものでもないでしょう。

(ああなんてポジティブ、あのころの自分に見せてやりたい←)

 

ずっと自分に足りないのは自信とか人生経験だとか、もっと大きなものだと思っていた。

でもたぶん違うのだろう、明日も辛うじて続けられる程度の継続力、興味あることに対して少し踏み出す程度の勇気とか。

たぶんそんな、大したことないものが欠けていたのかなって感じ。

                          

周りのすごいな、と思う人だって初めは大したことなかったのだろう。

そう思うと、自分が初めから何も持っていないのも当たり前である。

それを自分は何もないから、どうせ失敗するだなんてとんだおバカさんだ。

行動することもできずに、ここに留まって何もしないことこそ本当の失敗だろう。

 

取るのか迷っていた公務員講座は受けないことにした、友人から誘われていた興味のないインターンも断った。

将来あれば有利かもしれないけど、今取る意味があるのかわからない資格も取らないことにした。

新しいことを始めるのと同じくらい、やめる決断をするのも大変だ。

周りからはもったいないだとか、安定がどうだとかも言われた。

 

うるせえ、今は自分のやりたいことをやりたいんだ。(落ち着きましょう、感情的になっては物事はうまく進みません)

家族にも友人にも、これまで以上に迷惑をかけるのは目に見えている。

向き合わなくてはいけない現実問題も山積みだし、このままいけば就職浪人すらあり得るレベルだ。

それを分かって言っているつもりだ、リスクマネジメントもしっかりしていく。

本当にこの一年の行動で、行く先が大きく変わるかもしれない。ひぃ、こわいねえ。

それでもなんとか、なんとか20年かけて決めた歩みを、どうか見守っていてほしい。

 

 

巷では花見だなんだ言っているけど、ここの春はまだまだ遠そうだ。

ついでに僕自身の春も遠そうである。いつ開花するのかわからないけど、その時までしっかりと自分を持ち続けていられるだろうか。